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千手院の歴史

堂塔六十宇の筆頭にして信貴山の総本家
千手院は信貴山内の中では最も古く由緒ある筆頭寺院で、代々信貴山寺を代表する住職の住坊とされてきました。そのさまは「信貴山雑記」においても「千手院は信貴山の総本家なり」と描かれています。
約一千年前、千手院の護摩堂が中興の祖・命連上人に開かれ、今日まで欠かさず日護摩が厳修されています。
天正五年(1572)、松永の兵火で信貴山の堂塔六十余宇が炎上した時、本尊の毘沙門天像を守って立ち退いたのは千手院の僧・快信上人であり、快信は本堂の焼け跡に仮堂を建てて本尊を安置。のちの自坊となる草庵千手院を再建したとされています。
これらより、当山の開祖は聖徳太子、中興開山は命連上人、中興元祖は大阿闍梨快信上人とされているのです。
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朝護孫子寺最古の塔頭

宿坊寺院としての千手院の横顔
千手院は毘沙門天王を祀る寺院であると同時に、宿坊の役目も併せ持っています。宿坊とは本来僧侶が住まい修行の足場とする坊舎・僧院の意味を表しますが、皆様の本堂へのご参拝をお手伝いする所であり、修行をお助けする場所でもあります。
一泊参籠するという意味で信徒会館にお泊まりをいただき、千百年余の歴史を持つ日護摩や様々の祈祷、座禅や写経の修行に取り組むこともでき、信仰への門戸を広く開き、皆様をお待ちしております。
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院内のみどころ

心願の成就の祈りと歴史への旅を
千手院の本堂であり毘沙門護摩の法要を執り行う“護摩堂”、金運を始めとした幸運を呼びこむ銭亀善神を祀る“銭亀堂”、先祖や子孫のための祈りに霊験あらたかな十一面観音を祀る“観音堂”で、様々な心願の成就を祈ることができます。
また、江戸時代の姿をそのままに残した宿坊“信徒会館”では、寅、龍、天女等がいきいきと描かれた襖絵や、江戸の名匠・小堀遠州が作庭したと伝えられる信貴山内唯一の池泉庭園が、見る者をひととき悠久の歴史へといざないます。
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護摩堂

千手院の護摩堂では
命蓮上人の開壇以来千百年余の間、
欠かさず毘沙門護摩が焚き続けられており、
その心願成就の霊験で
当院は運気上昇の寺として有名です。

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銭亀堂

日本で唯一の金運招福の神、
“銭亀善神”をお祀りするお堂。
様々な霊験を持つ善神ですが、
殊に金運を運ぶ神として人気が高く、
数多くの方が願掛けに訪れます。

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観音堂

真言宗本山長谷寺の十一面観世音菩薩の
ご分身をお祀りしています。
三十三身に姿を変えて
御出現になるといわれる観音様は、
毘沙門天王の本地佛でもあります。

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